お侍様 小劇場 extra

    “不快指数もたまには上がる” 〜寵猫抄より
 



 西日本への“梅雨入り”が発表されたのがつい昨日。例年よりも遅い方だの、今年は雨が少ないかもだのと、女性キャスターと気象予報士のお兄さんが取り沙汰している、朝のニュースショーを映し出してたテレビをぷちりと消して。

 「…えっと。」

 白地に細い細いストライプの入ったシャツは、肩の幅が微妙に合っていないところから察するに誰か様からのお下がりか。それをオーバーシャツとして羽織った撫で肩や背中に、わずかほどかかる長さの金の髪。日頃はうなじで簡単に束ねる程度にしている彼が、今日は珍しくもきっちりとした引っつめに結っており。剥いたばかりのたまねぎのようなつややかさを見せている頭を左右に振り、リビングをザッと見回した七郎次。何に納得が行かぬやら、ひょこりと小首を傾げたそのまま、キッチンへは戻らずの玄関のほうへと向かいかけるのを、こちらは奥向きの書斎のほうから出て来た勘兵衛が見とがめた。

 「? 如何した?」
 「何がですか?」

 開口一番にそうと聞かれる思い当たりが、一つも無いのか はたまた多すぎるのか。どっちにしても、朝も早よから こんな風に突っ掛かるように言い返してくるということは、

 “機嫌がよろしくない、か。”

 勘兵衛としては、そんな彼であるらしいなと確信するばかり。そういや、一昨日からこっちの殆どを書斎に籠もって過ごした島田せんせいだったので。食事を持って来たとか着替えて下さいねとか、控えめに掛けられた声への応対はしたが、最後にお顔を見たのは…昨夜の宵の口にちらっとだけ。それ以降に、いやさ それ以前の日中も含めて、何があったかも判らぬ身ではそれ以上の洞察も出来ぬ。間接的にでも自分が原因ではありませんようにとこっそり思いつつ、パタパタと忙しげにスリッパを慣らして玄関へ向かう彼の後、ついつい追うようについてゆけば。

 「勘兵衛様、久蔵を見かけませんでしたか?」
 「ああいや、今日はまだ見ておらんが。」

 キョロキョロしているのは、そうか あのおチビさんを探していたからかと合点がいって。だが、自分がいない間のことは判らぬながらも、あの仔猫が七郎次の傍からここまで離れるとは珍しいことでもあり。
「朝飯はとったのだろう?」
「いえ、まだですよ。」
 まだ7時を回ったばかりですしと、玄関前で立ち止まり。こうやって言葉を交わす相手が出来たことで、多少はイライラも薄まったものか、しかもそのお相手が勘兵衛であることで…突っ掛かるのは僭越と、そうと思えるだけの冷静さも戻ったか。肩を落とすようにして深々とした吐息を1つつくと、
「わたし、これから資源ごみを出してまいりますので。」
 何もそんなにと突っ込みを入れたくなるほど、毅然としたお顔を上げて言い放った七郎次。普段ばきのスニーカーに足を突っ込み、行儀は悪いが爪先をとんとんと三和土へ打ちつけながら、上がり框の隅に置かれた小さめの段ボール箱と新聞紙の束へと手を伸ばす。ボックスティッシュや紙箱を潰したものが入っているらしい段ボールのほうは収集場所で潰すらしく、一緒くたによいせと持ち上げながら、
「久蔵を見かけたなら、どこへも行かぬように捕まえといて下さいませね。」
 彼もまた不審に感じていたものか、朝っぱらからいないなんて珍しいと、ぶつぶつ続けかけたその手の中で、不意にごそりと動いたものがあったのはそんな間合い。

 「うわっ!」

 思考が何とはなく閉塞していたことを示すそれも証しか。日頃ならばそのくらいではこうまで驚かぬ七郎次が、思わず手荷物を取り落としかかったほど動じて見せて。うわぁというお声まで出しての驚愕の原因、一体 何だったのかというと。

 「みゃう?」
 「……あ。」

 選りにも選って、とは正にこのこと。今にも持ち出されんとしかかっていた段ボールの箱から、ずぼりとお顔を出したのが。ふわふかな金の綿毛をいただいた、小さな肩の愛らしい坊や。どういう比率になるものなのか、彼らには5歳くらいの坊やに見えてる久蔵だけれど、本来はまだまだ大人の手の上へ余裕で乗っかる仔猫であるがため。郵パックの小型サイズほどの小箱へなんて、楽勝でもぐり込めてしまえる身ならしく。
「……いないと思ったら、そんなところにおったらしいな。」
 驚きはしたが、すんでのところで取り落とすまでには至らなかった。七郎次が何とか抱える箱の中から、みゃんと鳴きつつ…どうかしたの?と言いたげな様子で小首を傾げて見せている坊やへと。顎へとたくわえたお髭を撫でつつ、呑気な声で感慨を延べた勘兵衛ほど、笑って済ませる訳にはいかなんだらしいお兄さん、

 「久蔵、こんなところに何でもぐり込んでおりますか。」

 陽が音もなく陰るかのように。すうと心持ち声の高さが低まったのは、ちょっとそこへお座りなさいと言うことか。自分もまた上がり框の縁へと腰掛け、箱の中からは問答無用で抱き上げての出てもらった、悪戯な小さなお猫様と真っ向から向かい合う。悪戯もたいがいにと叱るものかと思いきや、

 「ゴミ出しに行こうとしていたのが わたしだったから良かったものの、
  これが勘兵衛様だったらどうなってたと思いますか。」
 「おいおい。」

 聞き捨てならんな、儂だったらどうなっていたのだと。傍らから口を挟んで来た御主へ向けては、

 「だって勘兵衛様、先月の荒ごみの収集日に、
  まだ残ってた“◇◇のたれ”をびんごと捨てちゃったじゃないですか。」
 「う………。」

 まだ根に持っておったのか。何ですよ、その言い方は。あれは腐りかけていると思い込んでしまったからで。成分が分離していただけですよ。それはあの時にも聞いたから、もう同じ過ちはせぬ。大体、台所のものへは食べる飲む以外で手を出さないで下さいといつも申しておりますのに…と。何だか話がどんどんと脱線して来ていたので、

 「…………みゃう?」

 あのあの、もうリビングへ行ってもいいでしょうかと。傍らに置かれた新聞紙の束に隠れるようにして、微妙に頭を低いめに下げたまま、こそりとお伺いを立てるように鳴いた久蔵だったのでありました。





     ◇◇◇



 うさぎやねずみが、その身が詰まってきゅうきゅうになるほど狭い場所を好むのは、もともとの住まいようが地面に穴を掘ってという生態だからという理由もあるが。何でなのだか猫にも結構、狭いところへ入りたがる子は多いのだとか。動画投稿サイトへも、紙袋や箱の中、自分から喜々として…かどうかは飼い主にしか見分けはつかぬが、窮屈だろうにわざわざもぐり込んで、しかもやがては寝てしまう例の多いこと多いこと。

 『まあ、そこまできゅうきゅうのぎゅうぎゅうだということは、
  外敵が入り込める隙間もないということだからの。』

 人間だって暗闇の中に一人で置かれると、何かが不意に触れて来ないかが怖くなるからと、毛布をかぶったり布団にくるまったり、晒されているところを極力無くそうとする。そのくらいのもので覆っても、例えば掴み掛かられるとしたら意味はないし、気配を感じ取るにはむしろ邪魔だとは、
「武芸を修めておる者にしか判らぬ理屈であろうよな。」
「それはそうですが。」
 お化け屋敷などに入ると、ついついお互いにくっつき合うのも、そんな心理が働くかららしく…と、またまた話が脱線しかかって。

 「でも、久蔵は猫ですよ?」
 「うむ。」

 樹上にいたり草原にいたりと生態にもいろいろありますが、ウサギやネズミを追うほうなのに何でまた…と。またまた“判らないことだから先生に訊こう”態勢になっている七郎次なのへ、

 「…仔猫だからではないのかな。」
 「はい?」

 生まれたての仔猫は、兄弟同士でぎゅうぎゅうとくっつき合って体温を分け合うというからの。幼くて自分の身さえ自分では守れぬ仔猫の、本能からくる行動が居残っていて、ついつい出るのではなかろうか。

 「あ……。」

 朝ご飯は炙ったささみのほぐしたの。それを五分がゆに混ぜてもらって“はいあ〜ん”てしてもらい、思う存分食べた仔猫さん。そんな“あ〜ん”が彼の側へも効いたのか、優しい雰囲気、何とか取り戻したお兄さんのお膝に乗っかり、今は くうくうと食休めの転た寝中。暖かいお粥でちょっぴり汗をかいちゃったのか、やわやわな頬にはほのかな赤みを散らしてて。うっすらと開いた口許は、野ばらの蕾みたいに一丁前にも輪郭の先っちょが立っており。されどあまりにあまりに小さいものだから、可憐というか愛くるしいといいますか。何か痒かったのか、ふるるんと金の髪が軽やかに揺すぶられ。やわやわふわふかな頬へと、小さな手の先、甲の方の角っこがくっつけられての こしこしと擦れば。うにゅと他愛なく押し潰された小さな小鼻の様子といい、むにむにとたわんだ口許の愛らしさといい、

 「〜〜〜〜〜。///////」

 またぞろ“惚れてまうやろ”の発作が出たらしい、古女房の身もだえようへ、
「…毎日見ておろうに、よく飽きぬな。」
 泣き出しそうに眉をひそめるお顔を至近に眺めつつ、すぐの間近からのお声を勘兵衛がこそりと掛けたれば。そうは言いますが、勘兵衛様とて…と。何か言いかけた敏腕秘書殿が、顔を上げたそのまま、

 「〜〜〜。////////////////////////」

 おおう。新記録じゃないですか、その紅潮っぷりは。広々としたリビングの真ん中。なのに、お膝同士がくっつくんじゃなかろうかというほども寄り添いあっての向かい合ってたご両人であり。
「? 如何した?」
「で、ですから。////////」
 わたしだとて、あのその。久蔵にだけじゃなくって、勘兵衛様にだって、あのえとうっと。/////// しどろもどろになりながら、それでも何とかして、思うところを告げようとする彼なのは。独りよがりな思い込みから大事な御主を傷つけていたと、思い知った経緯があったからだろか。そして、

 「…判った、判った。」

 くすんと。深みのある表情を柔らかくたわめて。優しいとは到底言いがたいけれど、それでも包容力の籠もった暖かなお顔が、悪戯っぽい笑みを含んでこちらのお顔をのぞき込む。

 「ずぼらをして済まなんだの。」

 紙の上でならば、粋な言の葉を幾つでも、自在に繰り出し操るお人。その技を駆使して、多くの人々を感嘆からしめておいでなほどだというに。当の本人の眞の心根を、最も伝えたい対象へと形にするのが、照れもあってか苦手ならしく。不慣れな野暮天も同然な、若しくは怠けてのずぼらからか。どうこうと言葉で口説くことはせず、ただ、他者とは違う甘えや稚気なぞ見せてくれることで、何とか察してくれないかなと、ある意味 横柄なことをなさってたものだから。

  ―― もしかして。ああでもそんなのこっちの自惚れかも知れぬ、と。

 肌を合わせることまであるというのに、気持ちのほうは思い切れぬままなんていう。宙ぶらりんな立場にさせたと、臆病な逡巡を長いことさせてしまったなと。辛かったろうにと、優しく囁いてくれることもある勘兵衛様。

 「儂だとて、
  お主の寝顔は、毎日毎夜、どんなに繰り返し見ていても飽きぬしの。」

 「〜〜〜〜〜〜〜。//////////////////」

 ほんの間近からという耳元、それも 掠れんばかりに低くした甘いお声で囁くなんて。ああああ、やっぱり反則ですよぉと。惚れてまうやろどころじゃあない真っ赤になってしまう古女房であったりし。不機嫌指数は下がったものの、

 「…うにゃん?」

 ふるると揺れたお膝の振動で起こされて、何なになぁにと身を起こした仔猫さんもまた、いい迷惑だったのかも知れませぬ。
(苦笑)




     ◇◇◇



 「で? なんでまたシチさんは不機嫌だったのですか?」

 指先に嵌めたゴムキャップは、1つ1つがネズミーのキャラクターになっていて。それをひょこひょことおチビさんの鼻先で動かせば、七郎次のお膝に伏せてた仔猫さん、そのままの態勢から前足をひゅっと出しては爪にからげて捕まえようとする。まんまと引っかけ吊り上げたお宝は、そのまま自慢げにたかたか駆けてった先、籐のおもちゃ箱にしまい込まれているのだが。実は…忘れたころとか寝入ってからしっかりと回収されていて。当人だけが気づいてないのは、よくあるお約束のご愛嬌というところ。みゃっと両手がかりで掴まれたわんこのキャラクター、うんうんとこっちも一応は頑張っての抵抗を試みるけれど。指一本を反らすようにしてこらえるのには、さすがに限度があるものだから。

 「ありゃ、また捕られちゃった。」
 「にゃん♪」

 意気揚々の鼻高々に、よいちょとお膝から降り立って、宝箱へと向かってしまった小さな背中を見送って。中断されてた方の、人間同士のお話を続ける七郎次であり。

 「勘兵衛様にもあっさりと見透かされたんですが、ヘイさんも気づいてたんですか?」
 「ええまあ…。」

 昨日、原稿の進行具合はいかがですかと寄ったおり。お顔こそ微笑っていた七郎次だったものの、差し入れのケーキの残ったのへと、ラップを掛けようとしていて…力が余ったかブチッと切れた。器用で手際もいい彼にはあってはならぬことだったので、もしやこれは…と感づいた林田くんだったらしくって。

 “勘兵衛さんにも見透かされた…ということは、原因は先生じゃあないらしいな。”

 ややこしい修羅場にならなくてよかったよかったと、別な意味でもほおと胸を撫で下ろし、ささお話し下さいなと促せば、

 「実はしょっちゅう、セールスらしい電話がかかって来ておりましてね。」
 「ははあ。」

 電話回線の乗り換え勧誘だとか、互助会へ入りませんかってのは前々から掛かって来ていて、でもそういうのは“関心がない”とか“間に合ってる”って言やあ引き下がってくれるのですが、

 「何とか化粧品とかいうところからのが、相当しつこく掛かって来ていたんですよ。」
 「化粧品?」

 あれですか? 会員になって誰か紹介すれば紹介料が入るとか何とかいう。ええ、わたしもそういうマルチっぽいののかしらと思って。

 「お帰り〜、久蔵vv」
 「にぁんvv」
 「次はどれを狙うのかなぁ?」

 再び身を伏せる小さなハンターさんの前へ、捕られた分のゴムキャップ、今度は黄色いクマさんのを追加してひょこひょこと振って見せながら、

 「購買会への参加をっていう勧めだったんで、
  そういうのへは関心がないのでと断ったんですが。」
 「その後も何度も掛かってくる?」

 ええと、しょっぱそうなお顔になって。気が重くなったか手のほうも全部伏せてしまったので。話の内容なんて知りっこない久蔵が、うにゃ?と小さなお手々でいきなり冬眠状態に入った動物たちの背中をとんとんと叩いて見せる。

 「ああ、ごめんごめん。」

 いかんいかんと立ち直り、再び手踊り動かしながら、
「自分では気がつかなかったんですが、それで虫の居所まで悪くなってたらしくって。」
 久蔵が珍しくも寄って来なくなってたのも、きっとそんな棘々しさに気づいたからに違いなく。勘兵衛へとあらためてその件を話したところが、

 「訪問したいと言って来ているのなら、いっそ呼べばいいと言われましてね。」
 「はい?」

 勘兵衛様が言うには、相手は何かしら勘違いしているのかもしれない。わたしの姿だけを表から見ていて、それでとまずはのアプローチで電話を掛けて来たのに。出る人物は声の低い男なもんだから、奥方に直接断られるまではなんて構えているのかもしれないぞと仰せになって。///////
「あ、そうか。そうかも知れませんね。」
「何でまたヘイさんまで、そうすぐに合点がいきますか。////////」
 だってシチさんたら美人だしと、歌うように言って差し上げ。でも…と、微妙なお顔になった。

 「でも、それもまた危ないかも知れませんね。」
 「?? 何がどう危ないんです?」
 「いやだから、声の低い女性だったかという誤解を招いたらどうしますか。」
 「はいぃ?」

 何ですかそりゃと訊き返した隙を衝かれて、久蔵ハンター、クマさんをゲットしてしまい。そこへと鳴り響いたのが“ぴんぽぉん♪”という至って平和なチャイムの響き。はてさて一体どうなることやら。とりあえず、

 「………勘兵衛様、そのサングラス、まだ持ってらしたんですか?」
 「まあな。」
 「何だか柄が悪く見えるのですが。」
 「だったら重畳だ。」
 「???」

 恐持てして見える真っ黒なレイバンのサングラスを装備し、長く伸ばした蓬髪を背に垂らした、ラフないで立ちに顎には濃いひげという…年齢不詳の妙に屈強な体躯をした壮年殿。そんな島田先生も何故だか玄関までを同行した様子であり。

 “この顛末を書いてくださらないかな、島田先生。”

 ついて来させないでねと仔猫さんを押し付けられたため、自然と彼も同席できなんだ林田さんが。ついつい そんな愉快物騒なことを企んでいた、梅雨入り間近い午後のお話でございます。






  〜どさくさ・どっとはらい〜  09.06.10.


  *先日来から引っ切りなしにブロードバンドがどうのこうのという
   勧誘の電話やご訪問が絶えないもんだから。
   いくら穏当なシチさんでもキレるんじゃなかろうかと思い、
   書き始めたら…こういうお話に転じた不思議。
(笑)
   やっぱ、甘甘なご家庭に太刀打ち出来るものは、
   そうはないってことでしょうかねvv

めるふぉvv めるふぉvv

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